町工場の技術で雑貨を作る。
最近、NHK朝ドラ「舞いあがれ!」を見ている妻に、「次の展開はこうなる」と私の予想を伝える。
そしてそのとおりになる。「ほー、すごいじゃん」となる。そんな日々を送っています。
実は、波紋堂が似た様なことをしているので見えてしまうのです。
実際のところ、どう?
波紋堂は、町工場(的なところ)に依頼して、製品を作ってもらっています。
商品企画から図面作成までは私自身が行なっていますが、製造はやはり町工場にお願いしています。
(ドラマでは主人公の舞ちゃんがデザインのデッサン(原案)を描いて業者さんに実際のものを作ってますが、「自分で図面を書くかどうか」という部分が少し違いますね。)
そんな状況ではありますが、TVドラマには出てこない実情をいいますと、
・在庫を持つリスクが大変。
・知名度や認知度を上げるのが大変。
・商品力を上げるのが大変。
(大変というか、無理ゲーです。副業だから時間が足りないのです。)
そしてなんといっても、マーケットの厳しさを感じます。いまの世の中、断捨離やミニマリストがカッコいいとされていますから。実は私自身も、少なからずそれに賛同している人間です。
この10〜20年で、みんな「モノ」を買わない生活に慣れてしまいました。
それでも、モノづくりをしている会社は「どうか『モノ』を買ってもらえないでしょうか。」とお願いしなければなりません。なんとも苦しい状況です。
「終わった・・」。モノづくり業はもはや消えゆく産業なのか。。
それでもなぜ着手するのか
私自身は、町工場で働いた経験はありません。でも町工場が好きです。
なぜなら私は「昭和レトロ」が大好きだからです。
昭和に限らず、骨董品や、農家の古道具とか、そういうのも好きです。
そしてなぜ古いものが好きなのか。
昔と比べたら今は、どこもかしこも優れたデザインのものばかり。そんなのに囲まれている生活。
そういったものを見て「これはアドビのIllustratorで描いているな。。」とか「これは多くのデザインの知識と経験則を持っているチームが作ったんだろうな」などと想像しています。
でも古いものは、そういったものからかけ離れた発想と技術で作られています。
その遥か遠くにある、しかし人間が作った造形を見ると、頭にガツンと来るようなインパクトを感じます。
たぶん、作った人は以下のような中で作ったと思います。
・いろんなことを考えた or なんとなく思いついた
・その時代ではイケていた or ごく個人的な美的感覚
・その時代にあった機械 or 完全に手仕事
それらはもう、現代の人間には再現できそうにありません。
古いモノを見る楽しさとは、そんな昔の人の気持ちや時代背景などに思いを馳せることだと思います。
ちなみに波紋堂では、「昔の人は、なぜそんな形にしたのか」といったことを深く妄想しながら作っています。
一方で、作るものは「普通に必要なモノ」、つまり実用品です。言うなれば、「昔の人の内面」+「今の実用」を組み合わせることで、面白いものを作ろうという試みです。
そんなわけで、いまこの時代に町工場の力を借りて、製品を作っているのです。
今必要なのは
さて、レトロ好きオジサンの熱い語りはこれくらいにして、現実に舞い戻ってみます。
衰退の一途をたどるモノづくりの小さな企業にとって、今もっとも必要なものは何か。
それは、『文化』だと思います。
町工場は、何億円もの投資を引き込む「毛並みのよい」スタートアップ企業とは違います。
また、何を作ってもすぐに海外の安い製品には負けます。
何かひとつでも他より優位な点があるとするなら、レトロな技術からしか出てこない、発想力や創造力。
これを育て、活かす道を探すことがとても大切なのではと思うのです。
(実は波紋堂がやっていることは、まさにこれです。)
レトロな感じでいいよね!という軽さ
町工場はとてもレトロ感があって、そういうところが好きです。
でもそれは見た目のこと。
会社の経営まで昭和レトロになってしまってはよくないと思います。
これからは、何を残し、何を刷新するか。その線引きに着目したいと思います。
線を引くときに、創造力を働かせたり、あらゆる叡智を使って考えたり。
世の中には、まだまだたくさんの素晴らしい職人さんがいます。
そんな職人さんたちが楽しく働きながら、そこからまた新しいものが生まれ。。そんないい循環ができればいいですね。
私はそんな素敵な未来が町工場に訪れることを心から期待してます!
ではまた!
なおNHKの朝ドラ「舞あがれ!」は最近、空飛ぶクルマを作るお話へと進んでいますが、それは全然予測できませんでした。確かに大きなビジネスも夢があって魅力的ですが、波紋堂としては、雑貨を作るのも結構楽しいよ、ということを皆さんにお伝えできればと考えております。